東京高等裁判所 平成8年(行ケ)234号 判決 1997年11月19日
静岡県清水市馬走北3番27号
原告
杉村宣行
静岡県清水市西久保415番地
原告
日本アキュムレータ株式会社
代表者代表取締役
杉村宣行
原告両名訴訟代理人弁理士
斎藤侑
同
伊藤文彦
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
高橋美実
同
鍛冶澤實
同
田中弘満
同
小川宗一
主文
特許庁が、平成5年審判第14446号事件について、平成8年9月3日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、平成2年1月29日、名称を「端面用Oリングの支持手段」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をした(実願平2-7302号)が、平成5年5月18日に拒絶査定を受けたので、同年7月14日、これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は、同請求を平成5年審判第14446号事件として審理したうえ、平成8年9月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月21日、原告杉村宣行に送達され、審決についての更正決定謄本は、平成8年10月30日、同原告に送達された。
2 本願考案の要旨
二部材の相接する端面の一方にOリングを支持させる端面用Oリングの支持手段において、前記端面に開口端の内径は前記Oリングの外径よりも少し小さく、奥端の内径はOリングの外径よりも大きい傾斜外壁に囲まれる円形凹部を、その深さが前記Oリングの断面の直径の1/2以上になるように形成して、この円形凹部へ前記Oリングを押し込むだけで該Oリングが部材に支持されるようにしたことを特徴とする端面用Oリングの支持手段。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、実願昭56-188330号(実開昭58-92547号)のマイクロフィルム(以下「第1引用例」といい、そこに記載された考案を「第1引用例考案」という。)、実願昭53-26596号(実開昭54-130145号)のマイクロフィルム(以下「第2引用例」といい、そこに記載された考案を「第2引用例考案」という。)及び実願昭49-5607号(実開昭50-97373号)のマイクロフィルム(以下「第3引用例」といい、そこに記載された考案を「第3引用例考案」という。)にそれぞれ記載されたものから、当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものとした。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、第1引用例の記載事項の認定のうち同引用例の記載をそのまま摘記した部分(審決書2頁16行~4頁11行)、周知文献の記載事項の認定(同4頁18行~5頁3行)、第2、第3引用例の記載事項の認定(同5頁15行~6頁14行)、各相違点の認定(同7頁7~15行)は認める。
本願考案と第1引用例考案との一致点の認定、各相違点についての判断は争う。
審決は、第1引用例考案の技術内容を誤認して本願考案と第1引用例考案との一致点の認定を誤り(取消事由1)、第1~第3引用例考案の技術内容を誤認して相違点(1)の判断を誤る(取消事由2)とともに、相違点(2)の判断を誤り(取消事由3)、その結果、本願考案が各引用例考案から当業者が極めて容易に考案をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、本願考案と第1引用例考案とは、「二部材の相接する端面の一方にOリングを支持させる端面用Oリングの支持手段において、前記端面に開口端の内径は前記Oリングの外径よりも少し小さく、奥端の内径はOリングの外径よりも大きい傾斜外壁に囲まれる円形凹部を、その深さが前記Oリングの断面の直径の1/2以上になるように形成したことを特徴とする端面用Oリングの支持手段。の点で一致し」(審決書6頁19行~7頁7行)と認定したが、誤りである。
審決は、この一致点の認定の前提として、第1引用例の図面第2図(A)から、「開口端の内径がパッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径がパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7に囲まれる円形凹部を、その深さがパッキング1の断面の直径の1/2以上になるように形成する構成・・・が窺え」(同4頁12~5頁3行)と述べているが、第1引用例には、そのような円形凹部の構成は記載されておらず、また、これを窺い知ることはできない。
すなわち、第1引用例の「パッキング装着溝6にパッキング1を装着する場合、2部材4、5を分離して、パッキング1をそれぞれの対向面に形成した溝、窪み、ないしはテーパー間に位置させ、このパッキング1を上記溝、窪みないしはテーパーにより挟むようにして2部材4、5を接合し・・・パッキング装着溝6内に挿入された状態にあるパッキング1は上記それぞれのパッキング抜け止め面7により挾着された状態となり、パッキング装着溝6内からの脱落が防止される。」(甲第6号証明細書5頁9行~6頁5行)との記載と、その図面第2図A(同号証)から認められるように、第1引用例考案は、開口端の内径とほぼ等しい外径のパッキングを入れて、部材5によりパッキング1の内周面を部材4側に押圧し、開口端の内径よりその直径を大きくして該パッキング1の外周面を部材4のパッキング抜け止め面に圧接させるものである。
審決は、また、「この種の円形凹部は、ダブテール溝として従来周知であり」(審決書4頁17~18行)として、昭和40年6月30日発行の小宮山香苗ほか4名著「Machine Elements機械設計<1>漏洩防止法」(甲第9号証、以下「周知例」という。)を挙げるが、この周知例に記載されたものは、開口端の内径がOリングの外径よりも少し小さく形成されているものであって、Oリングがダブテール溝に圧入されると、弾性により復元してその表面の内周側と外周側とが開口端へつかえてはずれなくなるもので、第1引用例考案のパッキングとは異なった状態で支持されており、周知例記載のOリングの直径W、溝深さC、溝開口巾Dがそのまま第1引用例に用いられるとは認められない。
したがって、第1引用例考案には、開口端の内径がパッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径がパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7に囲まれる円形凹部は存在しないから、これが存在するとした審決の上記第1引用例考案の認定は誤りであり、その認定を前提とした審決の上記一致点の認定も誤りである。
2 取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)
(1) 審決は、本願考案と第1引用例考案との相違点(1)につき、「第1引用例において、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態は、本願考案の構成となんら差異が無いから、相違点(1)については、第1引用例に記載されている。」と認定しているが、誤りである。
第1引用例考案は、上記のとおり、部材5のテーパーでパッキング1の内周面側を部材4側に押圧することにより拡径し、該パッキング1を両テーパーで挟着するものである。したがって、第1引用例のパッキング装着溝6は部材4のテーパーなどのパッキング抜け止め面7だけではパッキングを支持することができず、また、部材5の押圧力を加えなければ、パッキングは部材4のパッキング抜け止め面7に圧接することもない。
これに対し、本願考案は、本願明細書に「Oリングの弾性を支持力に利用した」(甲第5号証4頁25~26行)、「Oリング6は弾性変形して開口端を通過した後弾性により復元して開口側へつかえて外れなくなり」(同4頁10~11行)とあるように、Oリングの半径方向への弾性を利用し、円形凹部内に圧入されたOリングを弾性力を用いて自然に変形前の形状に戻すことにより支持力を得るものである。
このように、第1引用例考案の「部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態」は、本願考案と異なっているのであるから、「本願考案の構成となんら差異が無いから、相違点(1)については、第1引用例に記載されている。」とした審決の判断は誤りである。
(2) 審決は、また、「第2引用例または第3引用例には、OリングをOリング内周の傾斜壁で支持することが記載されており、本願考案の出願当初の明細書および図面の記載からみて、Oリングを支持する傾斜壁は、Oリングに対して内外いずれでも良かったものであるから、第2引用例または第3引用例に記載された支持手段を第1引用例の部材4に設けられたパッキング抜け止め面7に適用して、本願考案のような支持手段を得ることは、当業者がきわめて容易に推考できたものと認められる。」(審決書7頁20行~8頁10行)と判断したが、第3引用例の記載事項の部分を除き、誤りである。
第2引用例には、油切(4)のOリング溝(6)においてOリング(7)の内径が当たる部分に角度θの勾配をもつ傾斜面(6a)を設けることが開示されているが、このくさび形の溝(6)は、Oリング(7)の半径方向に開口しており、該Oリングの中心軸方向は閉じられているので、端面からOリングが落下することはない。本願考案は、この端面からOリングが飛び出さないようにするものであり、この第2引用例考案を第1引用例考案に適用しても本願考案を構成しない。
第3引用例考案は、冷却体のOリング等取付面の段落を円錐台側面に形成し、該段落にOリングを弾性力により拡径して嵌め込んだ後、弾性復元力により該段部を締め付け固定するものである。したがって、弾性変形して開口端を通過した後、弾性により復元して開口側へつかえて外れなくなる本願考案のOリングとは逆方向の弾性力により支持されており、この第3引用例考案を第1引用例考案に適用しても本願考案を構成しない。
したがって、「第2引用例または第3引用例に記載された支持手段を第1引用例の部材4に設けられたパッキング抜け止め面7に適用して、本願考案のような支持手段を得る」との上記判断は誤りである。
(3) さらに、第1引用例考案では、部材4と部材5とで1つのパッキング装着溝6を形成し、パッキング1を支持しているので、パッキングが落下しないようにするために第2、第3引用例考案を適用することは必要なく、その適用を予測できない。仮に予測できたとしても、そのような第1~第3引用例から本願考案を予測するのは当業者にとって困難である。
3 取消事由3(相違点(2)の判断の誤り)
審決は、本願考案と第1引用例考案との相違点(2)、すなわち、「Oリングの支持が、本願考案では、Oリングを押し込むだけで可能であるのに対して、第1引用例では、この点について何等記載されていない点」(審決書7頁12~15行)につき、「第2引用例には、「Oリング(7)がこのくさび形の溝に嵌合して確実に固定される』との記載があり、第3引用例には、『冷却対にOリングをはめ込んでも、円錐台面によつてひつかかり脱落することはない。』との記載があり、いずれの引用例においてもOリングを嵌合ないしはめ込む(本願考案の、押し込むに相当する)だけで支持しているから、相違点(2)については、第2引用例または第3引用例に記載されている。そして、第1引用例乃至第3引用例は、いずれもOリングの支持に関するものであるから、第2引用例または第3引用例に記載された事項を第1引用例に適用することは、当業者にとつてきわめて容易であり、そのように適用したことによつて格別顕著な作用効果が生じるとも認めがたい。」(同8頁11行~9頁6行)と判断したが、第2、第3引用例の記載事項の部分を除き、誤りである。
すなわち、第2引用例考案は、油切(4)の内周面に向けて開口したOリング溝(6)を有するものであって、本願考案のような2部材の相対する端面の一方にOリングを支持させるものではないから、本願考案のような平端面も円形凹部もない。したがって、第2引用例に、その円形凹部にOリングを押し込むことについては記載されていない。また、第3引用例考案は、その平端面に本願考案のような傾斜外壁に囲まれた円形凹部が形成されていないので、第3引用例に、その円形凹部にOリングを押し込むことについては記載されていない。第2、第3引用例の記載事項と本願考案の構成は異なるから、第2、第3引用例考案を第1引用例考案に適用しても、本願考案の作用効果を得ることはできないのである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
第1引用例考案は、従来、パッキングの抜け止めを図るべく、開口部を狭く、内部を広くした装着溝(周知例記載のダブテール溝)ではパッキングの装着、交換が面倒であり、装着溝の形成も困難であるとの課題を解決するために、パッキング装着溝を相対向する2部材で形成したものであるから、ダブテール溝の場合と同様、パッキングは2部材4、5から均等な応力を受ける状態、すなわち、パッキング1全体の中心からパッキング1の断面中心までの半径距離と、パッキング装着溝6全体の中心からパッキング装着溝6の溝断面中心までの半径距離とを等しくした状態であると解するのが自然である。仮に、原告ら主張のような構成であれば、パッキングには常に拡径方向に応力がかかることになり、パッキングの寿命や漏洩防止機能に悪影響を与えることは明白であり、技術常識に反する。
また、第1引用例の第2図Aには、部材4と部材5とが異なるハッチングで表示され、部材5はボルト8により分割可能となっているから、当業者であれば、図面から、部材5が装着された後の構成のみならず、装着される前の構成をも読み取ることができる。そして、本願考案における円形凹部とは、平面的に見て、凹部の開口が円形形状をなし、その側壁が傾斜外壁となったものであるが、同図において部材5が装着される前の構成の最下端の凹部もそのようなものであり、本願の図面第2図(甲第2号証)に示されたものと同様である。
そうすると、第1引用例の第2図Aにおける部材5が装着される前の構成の最下端の凹部(円形凹部)は、部材5を装着して装着溝を形成した場合に、パッキング1全体の中心からパッキング1の断面中心までの半径距離と、パッキング装着溝6全体の中心からパッキング装着溝6の溝断面中心までの半径距離とを等しくした状態となるのであるから、その装着前においては、開口端の内径はパッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径がパッキシグ1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7によって囲まれることになる。
したがって、審決が、周知例を前提として、第1引用例の算2図Aの開示事項を「開口端の内径は前記パッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径はパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7に囲まれる円形凹部を、その深さが前記パッキング1の断面の直径の1/2以上になるように形成し」と認定したことに誤りはなく、本願考案と第1引用例考案との一致点の認定にも誤りはない。
2 取消事由2について
(1) 第1引用例の第2図Aにおいて、部材5が装着される前の構成の最下端の凹部(円形凹部)が、本願考案と同様、開口端の内径はパッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径がパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7によって囲まれることは上記のとおりであり、審決の「第1引用例において、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態は、本願考案の構成となんら差異が無い」との判断に誤りはない。
(2) 本願考案の出願当時の明細書および図面(甲第2号証)には、本願考案は、「相手面に対応する部材の端面にOリングへ接する側壁が片側のみにある円形凹部を形成し、この円形凹部を奥側はOリングに対して緩みがあるが、開口側はOリングへ少し掛り合うように寸法設定したことを特徴とする端面用Oリング支持手段」(同号証実用新案登録請求の範囲)として記載され、その実施例として、側壁の内側にOリングが位置するもの(同号証第1~第3図)と、側壁の外側にOリングが位置するもの(同第4、第5図)とが記載されていた。つまり、本願出願当時においては、Oリングを支持する傾斜壁は、Oリングに対して内外いずれでもよく、Oリングへ接する側壁が片側のみにある円形凹部として認識されていた。したがって、第2、第3引用例考案が、側壁の外側にOリングが位置するもので、現在の本願考案の要旨とは逆の位置関係にあっても、Oリングの支持構造が片側傾斜側壁であるという技術手段は開示されているから、これを第1引用例考案のパッキング抜け止め面7に適用して、本願考案のような支持手段を得ることは、当業者にとってきわめて容易である。
したがって、審決の相違点(1)についての判断に誤りはない。
3 取消事由3について
相違点(2)は、Oリングの支持が、Oリングを押し込むだけで可能であるという記載の有無を問題としたものであり、Oリングを支持する傾斜壁がOリングに対して内外いずれにあるかを問題とはしていない。したがって、相違点(2)については、第2、第3引用例に記載され、第1~第3引用例はいずれもOリングの支持に関するものであるから、第2、第3引用例に記載された事項を第1引用例考案に適用することは容易であるとした審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 本願考案の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これによれば、本願考案におけるOリング支持手段は、Oリングの外周と底部を円形凹部の傾斜外壁と底面の2面で支持することをその技術的本質とするOリング支持手段であることが認められる。
一方、第1引用例に審決認定(審決書2頁20行~4頁11行)のとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、この記載と引用例の図面第2図A及び審決が挙げる周知例の記載によれば、第1引用例考案は、ダブテール溝として周知の「接合面に開口部を狭く、内部を広くした装着溝を形成し、この装着溝に挿入したパッキングを装着溝の両側面上部で挟着してパッキングの抜け止めを図るようにした」(同3頁1~4行)端面用Oリングの支持手段を改善するための考案であり、このダブテール溝には、「装着溝にパッキングを装着する場合、装着溝にパッキングを無理やり押し込まなければならず、その装着、交換作業が面倒であり、又前記形状の装着溝を接合面に形成することは非常に困難である」(同3頁5~9行)との欠点があることに鑑み、「パッキング1を装着する側の接合部材2のパッキング装着部3を相対向する2部材4、5をもって形成し、該2部材4、5の相互の対向面には双方の対向面で1のパッキング装着溝6を構成する・・・テーパーなどのパッキング抜け止め面7を形成する」(同3頁10~15行)ものであることが認められる。
そして、ダブテール溝は、周知例(甲第9号証)の「Oリングの問題はそのあり方維持の技術にあるから、ダブテール溝は三面で安定させられるという意味で、工作の難しさを除けば巧妙な用法であるといえる。」(同号証76頁下から2行~77頁本文1行)との記載から明らかなとおり、Oリングの外周、内周、底部を、装着溝の傾斜外壁、傾斜内壁、底面の3面で支持することをその技術的本質とするOリング支持手段であるから、第1引用例考案は、Oリングを3面において支持するというダブテール溝の技術的本質を維持しつつ、ダブテール溝の形成時、Oリングの装着時及び交換時における上記欠点を改善するための考案であることが明らかである。
このように、第1引用例考案がOリングを3面において支持するというダブテール溝の技術的本質を持つものである以上、第1引用例考案におけるOリング支持手段を、同考案においてOリングを支持するために不可欠な要素とされているOリングの内周面を支持する装着溝の傾斜内壁を除外したものとして観念することはできない。
確かに、第1引用例考案においては、パッキング(Oリング)装着部3となる装着溝6を構成する接合部材2が部材4、5の2部材をもって形成されており、この2部材はOリングの装着及び交換に際しては、分離されるものであるが、審決認定の第1引用例の「このパッキング1を・・・テーパーにより挟むようにして2部材4、5を接合しボルト8などにより固定する。これによりパッキング1は接合部材2を形成する2部材4、5の接合により、接合面9に形成されたパッキング装着溝6内に挿入された状態となり、しかも、上記パッキング装着溝6を構成する、2部材4、5の対向面に形成した・・・テーパーなどをもってパッキング抜け止め面7を形成したので、パッキング装着溝6内に挿入された状態にあるパッキング1は上記それぞれのパッキング抜け止め面7により挟着された状態となり、パッキング装着溝6内からの脱落が防止される。」(審決書3頁16行~4頁8行)との記載から明らかなとおり、接合部材2を形成する2部材4、5が固定されない限り、第1引用例考案における装着溝は形成されず、この2部材がOリングを挟んで固定され、3面からなる装着溝を形成し、この装着溝内にOリングが支持されてはじめてOリング支持手段として機能するものであるから、2部材4、5が固定されない状態を捉えて、第1引用例考案のOリング支持手段とすることはできない。
また、このことからすれば、第1引用例考案において、本願考案における円形凹部に対応する構成は、円環溝部であるといわなければならない。
(2) 以上の検討を前提に、審決が認定した本願考案と第1引用例考案との一致点及び相違点(1)の認定(審決書6頁16行~7頁12行)、さらに、相違点(1)についての「第1引用例において、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態は、本願考案の構成となんら差異が無いから、相違点(1)については、第1引用例に記載されている。」(同7頁17~20行)との記載をみれば、審決は、第1引用例考案において、接合部材2を形成する2部材4、5が固定される前の状態を捉えて、第1引用例考案のOリング支持手段とし、部材5が接合されない段階での部材4の下端は全体として円形形状の開口部を有する凹部となることから、これをもって本願考案の円形凹部に該当するとし、また、その円形凹部は、開口端の内径がパッキング1の外径よりも小さく、奥端の内径がパッキング1の外径よりも大きい傾斜外壁(パッキング抜け止め面7)によって囲まれることになることから、これを本願考案の構成と同じである認定したものであることが明らかである。
このような審決の一致点の認定の仕方は、第1引用例考案の技術的本質をなすOリングを3面支持するダブテール溝による支持手段につき、ダブテール溝を形成する不可分の構成要素である傾斜外壁、傾斜内壁、底面の3面のうちから、傾斜外壁と底面の2面だけを恣意的に抜き出し、これをもって、本願考案の技術的本質をなす傾斜外壁と底面による2面支持のOリング支持手段の構成と同一であるとするものであって、第1引用例考案の技術的内容の一体性の恣意的な分解の上に立った一致点の認定といわなければならず、これから除外した構成を相違点として取り上げているとしても、誤りというほかはない。
2 取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)について
(1) 審決は、相違点(1)を、「Oリングの支持構造が、本願考案では、傾斜外壁であるのに対して、第1引用例では、部材4に設けられたパッキング抜け止め面7(本願考案の傾斜外壁に相当する)に加えて、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7とで挟んだ点」(審決書7頁7~12行)と認定している。すなわち、審決は、この相違点(1)の認定において、本願考案では、OリングがOリング外周の傾斜壁(と底面)で片側支持されているのに対し、第1引用例考案では、Oリングがダブテール溝の両面の傾斜壁(と底面)で両側支持されていることを相違点として認定したものと認められる。
にもかかわらず、審決は、相違点(1)につき、「第1引用例において、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態は、本願考案の構成となんら差異が無いから、相違点(1)については、第1引用例に記載されている。」(同7頁17~20行)として、第1引用例考案の技術的内容の一体性の恣意的な分解の上に立った認定に従った説明をしており、この理由では、相違点(1)に係る本願考案の構成が第1引用例に記載されているということができないことは、前示説示に照らし明らかである。
(2) 審決は、また、相違点(1)につき、「第2引用例または第3引用例には、OリングをOリング内周の傾斜壁で支持することが記載されており、本願考案の出願当初の明細書および図面の記載からみて、Oリングを支持する傾斜壁は、Oリングに対して内外いずれでも良かったものであるから、第2引用例または第3引用例に記載された支持手段を第1引用例・・・に適用して、本願考案のような支持手段を得ることは、当業者がきわめて容易に推考できたものと認められる。」(審決書7頁20行~8頁10行)と判断している。
しかし、本願考案の出願当初の明細書及び図面(甲第2号証)に記載されていたOリングを支持する傾斜壁をOリングに対して内側とする構成は、平成8年7月8日付け手続補正書(甲第5号証)により補正された特許請求の範囲からは除外された構成であり、補正後の本願明細書の考案の詳細な説明及び図面には、これに関する記載はないことが認められるのであり、本願考案は、Oリングを支持する傾斜壁をOリングに対して外側とする構成のみを対象とするものであることは明らかである。そうであれば、何故に、すでに本願考案の要旨としない構成がその要旨とする構成とともに補正前の明細書及び図面に記載されていたこと、また、第2、第3引用例に本願考案の要旨としないOリングを支持する傾斜壁をOリングに対して内側とする構成が記載されていることをもって、本願考案の支持手段を得ることがきわめて容易に推考できるのか、審決の上記説示のみでは納得できる説明となっていないことが明らかである。
3 以上のとおり、審決の一致点の認定は誤りであり、相違点(1)の判断もまた、理由不備ないし理由齟齬の瑕疵あるものといわなければならず、被告の主張を勘案しても、審決が挙げた各引用例に基づいては、本願考案がきわめて容易に推考されたものということはできない。したがって、取消事由3について判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。
よって、原告らの請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成5年審判第14446号
審決
静岡県清水市馬走北3番27号
請求人 杉村宣行
平成2年実用新案登録願第7302号「端面用Oリングの支持手段」拒絶査定に対する審判事件(平成3年10月11日出願公開、実開平3-98363)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由 5-14446
Ⅰ. 本願は、平成2年1月29日に出願したものであつて、その考案の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの「二部材の相接する端面の一方にOリングを支持させる端面用Oリングの支持手段において、前記端面に開口端の内径は前記Oリングの外径よりも少し小さく、奥端の内径はOリングの外径よりも大きい傾斜外壁に囲まれる円形凹部を、その深さが前記Oリングの断面の直径の1/2以上になるように形成して、この円形凹部へ前記Oリングを押し込むだけで該Oリングが部材に支持されるようにしたことを特徴とする端面用Oリングの支持手段。」にあるものと認める。
Ⅱ. これに対して、当審で平成8年5月8日付けで通知した拒絶の理由に引用した実願昭56-188330号(実開昭58-92547号)のマイクロフイルム(以下、第1引用例という)には、「接合面にパッキングを装着する手段としては、その一例として接合面に開口部を狭く、内部を広くした装着溝を形成し、この装着溝に挿入したパッキングを装着溝の両側面上部で挟着してパッキングの抜け止めを図るようにしたものが好ましいが、このような装着溝にパッキングを装着する場合、装着溝にパッキングを無理やり押し込まなければならず、その装着、交換作業が面倒であり、又前記形状の装着溝を接合面に形成することは非常に困難である。」(第3頁第2行乃至第10行)、「パッキング1を装着する側の接合部材2のパッキング装着部3を相対向する2部材4、5をもって形成し、該2部材4、5の相互の対向面には双方の対向面で1のパッキング装着溝6を構成する‥‥‥テーパーなどのパッキング抜け止め面7を形成する。」(第4頁第13行乃至第18行)、「このパッキング1を‥‥‥テーパーにより挟むようにして2部材4、5を接合しボルト8などにより固定する。これによりパッキング1は接合部材2を形成する2部材4、5の接合により、接合面9に形成されたパッキング装着溝6内に挿入された状態となり、しかも、上記パッキング装着溝6を構成する、2部材4、5の対向面に形成した‥‥‥テーパーなどをもってパッキング抜け止め面7を形成したので、パッキング装着溝6内に挿入された状態にあるパッキング1は上記それぞれのパッキング抜け止め面7により挟着された状態となり、パッキング装着溝6内からの脱落が防止される。」(第5頁第13行乃至第6頁第5行)及び「図面ではソケット10がプラグ11のバルブ12と接合する接合面9‥‥‥に実施してある。」(第6頁第9行乃至第11行)との記載があり、図面第2図(A)からは、開口端の内径がパッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径がパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7に囲まれる円形凹部を、その深さがパッキング1の断面の直径の1/2以上になるように形成する構成(この種の円形凹部は、ダブテール溝として従来周知であり、例えば、小宮山 香苗外4名著『Machine Elements機械設計(1)漏洩防止法』昭和40年6月30日、株式会社誠文堂新光社発行、第76頁乃至第77頁には、Oリングの直径W、溝深さC、溝開口巾Dの具体的寸法まで記載されている。)が窺え、結局、二部材の相接する接合面9の一方にパッキング1を支持させる端面用パッキング1の支持手段において、前記接合面9に開口端の内径は前記パッキング1の外径よりも少し小さく、奥端の内径はパッキング1の外径よりも大きいパッキング抜け止め面7に囲まれる円形凹部を、その深さが前記パッキング1の断面の直径の1/2以上になるように形成し、パッキング1をテーパーにより挟むようにして2部材4、5を接合しボルト8などにより固定することを特徴とする2部材の面接合構造が記載されている。
同じく引用した実願昭53-26596号(実開昭54-130145号)のマイクロフイルム(以下、第2引用例という)には、「第4図に示すように、油切(4)のOリング溝(6)において、Oリング(7)の内径が当る部分に角度θの勾配をもつ傾斜面(6a)を設け、かつこのOリング溝の先端の外径がOリング(7)の内径より大きくなるように構成することにより、Oリング(7)がこのくさび形の溝に嵌合して確実に固定されるようにしたものである。」(第4頁第1行乃至第7行)との記載があり、同じく引用した実願昭49-5607号(実開昭50-97373号)のマイクロフイルム(以下、第3引用例という)には、「第2図は冷却体(3)にOリング(4)がはめ込んである状態をしめしている。(6)はその円錐台側面である。冷却体のOリング等取付面の段落をこのように形成することによつて冷却体にOリングをはめ込んでも、円錐台面によつてひつかかり脱落することはない。」(第5頁第1行乃至第7行)との記載がある。
Ⅲ. そこで、本願考案と第1引用例記載のものとを対比すると、本願考案の「端面」、「Oリング」、「傾斜外壁」は、夫々第1引用例記載のものの「接合面9」、「パッキング1」、「パッキング抜け止め面7」に相当するから、両者は、二部材の相接する端面の一方にOリングを支持させる端面用Oリングの支持手段において、前記端面に開口端の内径は前記Oリングの外径よりも少し小さく、奥端の内径はOリングの外径よりも大きい傾斜外壁に囲まれる円形凹部を、その深さが前記Oリングの断面の直径の1/2以上になるように形成したことを特徴とする端面用Oリングの支持手段。の点で一致し、(1)Oリングの支持構造が、本願考案では、傾斜外壁であるのに対して、第1引用例では、部材4に設けられたパッキング抜け止め面7(本願考案の傾斜外壁に相当する)に加えて、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7とで挟んだ点、(2)Oリングの支持が、本願考案では、Oリングを押し込むだけで可能であるのに対して、第1引用例では、この点について何等記載されていない点で相違している。
Ⅳ. そこで、相違点(1)について検討すると、第1引用例において、部材5に設けられたパッキング抜け止め面7で挟む前の状態は、本願考案の構成となんら差異が無いから、相違点(1)につては、第1引用例に記載されている。また、第2引用例または第3引用例には、OリングをOリング内周の傾斜壁で支持することが記載されており、本願考案の出願当初の明細書および図面の記載からみて、Oリングを支持する傾斜壁は、Oリングに対して内外いずれでも良かったものであるから、第2引用例または第3引用例に記載された支持手段を第1引用例の部材4に設けられたパッキング抜け止め面7に適用して、本願考案のような支持手段を得ることは、当業者がきわめて容易に推考できたものと認められる。
次に、相違点(2)について検討すると、第2引用例には、「Oリング(7)がこのくさび形の溝に嵌合して確実に固定される」との記載があり、第3引用例には、「冷却体にOリングをはめ込んでも、円錐台面によつてひつかかり脱落することはない。」との記載があり、いずれの引用例においてもOリングを嵌合ないしはめ込む(本願考案の、押し込むに相当する)だけで支持しているから、相違点(2)については、第2引用例または第3引用例に記載されている。そして、第1引用例乃至第3引用例は、いずれもOリングの支持に関するものであるから、第2引用例または第3引用例に記載された事項を第1引用例に適用することは、当業者にとつてきわめて容易であり、そのように適用したことによつて格別顕著な作用効果が生じるとも認め難い。
Ⅴ. したがつて、この出願の考案は、第1引用例乃至第3引用例に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成8年9月3日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)